2016年02月29日

訪日外国人は、「盆栽」も爆買い!?


年間2000万人に迫ろうとしている訪日外国人。

彼らの目的は、時に“日本”を買い、
時に“日本”を体験することにある。

中国人は相変わらず爆買いを続けているが、
購入するものに変化が見られる。

以前は炊飯器が目立っていたが、
それが美容家電やドライヤーになり、
菓子や化粧品・医薬品へと移り変わっていった。

対して欧米人は、観光や体験を重視する。

変わらぬ人気は、神社・仏閣だが、
地方の“日本らしい田舎”や“昭和な下町”にも
興味を持ち始めている。

観光地ではない、海や山の民宿に泊まったり、
レトロな町家を楽しんだりしている。

そんな訪日外国人が次に注目しているのは、
「盆栽」である。

大自然を小さな鉢の中に表現することに
魅了されるようだ。

では、なぜ「盆栽」が知られるようになったのか。

キッカケは、1900年の「パリ万博」。
日本は「盆栽」を世界に紹介した。

これによって、その存在を知られることにはなったが、
注目されるまでには至らなかった。

だが、1970年の「大阪万博」が転機となる。

日本庭園に展示されていた「盆栽」を見て、
興味を持つ人が急激に増えた。

そこから徐々にではあるが、
ヨーロッパで「盆栽」が広まっていったのである。

イタリア・フランスなどでは専門誌も発行され、
「盆栽」を販売する専門店も誕生している。

フラワーショップやインテリアショップでも
買うことができる。

文化として定着しつつあると言っても良い。

そして、現在の日本ブームの中で、
一大ムーブメントと言っても良いほど、
再注目されているのである。

日本各地の盆栽展示場は、訪日外国人で一杯である。

ある店では、客の7〜8割が外国人で、
年間1万人にも上るという。

そこで爆買いが起こっているのである。

中国人はもとより、欧米人も買い漁っているという。

数百円のものから数千万円のものまであり、
1人で数千万円分を買う人もいる。

日本にも当然盆栽ファンはいるものの、
どちらかと言えば地味な世界だった。

だが、ここに来て大ブームが起こっている。

輸出額も激増している。
盆栽づくりに弟子入りする外国人も増えている。

日本人の私でさえ、
あまりピンと来ない「盆栽」の魅力だが、
何が外国人を魅了するのか。

日本の伝統・文化に興味を示す外国人は、
どこまで増えるのか。

日本には、まだまだ知られていない伝統・文化がある。

それをひとつひとつ掘り起こしていけば、
日本ブームはこれからも続く。

“眠れる日本”を目覚めさせることで、
経済を立て直すことができるかもしれない。

このチャンスを逃すべきではない。

   




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posted by 佐藤きよあき at 16:43| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月20日

実は儲けている! サビれた個人商店の裏側。


世の中には、客が来ていないのに、
いつまでも潰れない個人商店がある。

営業しているのかどうかさえ、
中に入らなければわからないほど、暗い商店がある。

どうやって稼いでいるのか?
近隣の住民でさえ知らない。

年金暮らしの高齢者が暇つぶしで開けているのか、
と悪態をついてしまうほど、潰れない理由が浮かばない。

実は、こうした店に共通する“稼ぎ方”がある。

たまに電話に出て、たまに出掛けて行く。
一時的に忙しくなる時もあるが、それが過ぎれば、
ほとんどは店番で1日が終わる。

非常に羨ましい商売である。

その“稼ぎ方”とは……

「学校納品」である。

学校から注文が入ったり、
定期的な納品に対応していれば、
まとまった利益が確保できる。

生徒数の多い学校との取り引きができれば、
たった1本の電話で、多額の収益が生まれるのである。

最初に契約を取りつけるまでは苦労したかもしれないが、
その後は何年も安定経営が約束される。

不思議なことに、学校と商店との取り引きは随意契約で、
競争入札がほとんどない。

公立校なら、すべての近隣商店に
チャンスが与えられるべきなのだが、
不公平な取り引きが長年続けられている。

しかも、学校はあまり価格交渉をせず、
言い値で納品させている。

商店にとっては、実に有り難い客である。

そんな“稼ぎ方”を手に入れている業種としては、
服屋(学生服)、スポーツ用品店(体操服)、
金物屋(掃除道具)、書店(教科書)、
写真店(出張記念撮影・卒業アルバム)、
文具店(文房具一式)、パン屋(給食)などがある。

誤解のないように書いておくが、
「学校納品=儲けている」わけではない。

地域や学校の規模、学校の方針などによって、
「学校納品」していても、さほど儲からない場合もある。

だが、規模の大きな学校と取り引きすることで、
一般客など来てもらわなくても、
充分に儲かっている店があることは事実である。

サビれたように見える個人商店は、
店頭ではなく、裏で儲かっているので、
店や陳列商品に気を遣わなくてもよくなり、
サビれた雰囲気を醸し出してしまうのである。

儲からなくてサビれたのではなく、
儲かっているから、店に手をかけなくなったのである。

   




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posted by 佐藤きよあき at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月17日

人形遣いの顔を隠せば、「文楽」は復活する!?


人形を巧みに操り、
まるで人間のような芝居を見せてくれる「文楽」。

私も一度だけ見たことがあるが、
人間以上に情感が伝わってきて、
鳥肌が立つほど、引き込まれた。

だが、ほんの一瞬、現実に引き戻される時がある。

人形の動きや表情に見入っていると、
目の端に人形遣いの顔が入ってくる。

これは、まさしく現実。
芝居への感情移入が冷めてしまう。

ファンの方なら、
その人形遣いの動きや表情なども楽しむのだろうが、
馴染みのない人間にとっては、
正直に言って興ざめする部分である。

せっかく人形の世界に浸っているのに、
現実の人間の顔が現れるのだから。

それが伝統なのかもしれないが、
一般大衆にもっと見てもらうためには、
人形遣いの顔は隠した方が良いように思う。

「嫌なら見なければよい」「伝統は変えられない」
という、冷めた正論を振りかざしていては、
「文楽」が廃れる一方である。

伝統を守ることばかりに気を取られていては、
大阪で起きた「国立文楽劇場・補助金削減問題」
へと発展し、消滅の危機ともなる。

伝統あるものは、みんなで守らなければならない。
よって、補助金は不可欠である。

そんな意見もあるのだが、
大衆にまったく馴染みのない伝統では、
もはや伝統である意義さえ失ってしまうのではないか。

もっと大衆に知ってもらい、
1年に1度でも観る機会があるような
“身近な存在”となるべきである。

この問題を機に、文楽協会も積極的に動き出し、
やや改善の兆しはあるが、まだまだ先は長い。

“身近な存在”となるためには、
「文楽」の魅力をさらに磨き上げる必要がある。

私が素朴に感じた
「人形遣いの顔を隠す」もそのひとつだが、
伝統であっても改革した方が良いのであれば、
実践すべきである。

伝統を守るためには、
伝統を打ち破る決断も必要なのではないか。

   




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posted by 佐藤きよあき at 15:12| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする