2016年01月25日

金で“地位”が買える、「戒名」の不思議。


人が亡くなると、仏の弟子となり、
新たな名前を授けられる。それが「戒名」。

そう思われているのだが、本来は違う。

生前に仏門に入り、戒律を守り、
仏道修行を行うと誓った出家者にだけ
授けられる名前が「戒名」である。

いつの頃からか、故人専用の名前として、
つけられるようになった。

「戒名」には、なぜか“位(くらい)”が存在する。

仏の世界では、生前の身分の上下や
精進・報恩の多少に関係なく、
すべての人が平等である、と説いている。

なのに、“位”が存在するのはなぜか。

仏教界曰く、「生前、菩提寺との関係が深く、
大きく貢献した者には高い位がつけられる」。

つまり、信仰心が強く、仏を敬い、尽くしてきた者は、
亡くなってから高い地位につくことができる、
ということか。

それなら、納得もできる。

だが、それは大昔の話。
いまは、「お布施」という名の戒名料があり、
しかも相場が決まっている。

それだけではなく、つける“位”によって価格は上がる。

【信士(しんし)・信女(しんにょ)】:30〜50万円。

【居士(こじ)・大姉(だいし)/
 院信士(いんしんし)・院信女(いんしんにょ)】:
50〜80万円。

【院居士(いんこじ)・院大姉(いんだいし)】:
100万円〜。

“位”は僧侶が選ぶのではなく、
生前の本人や親族によって選ばれ、高い金を出せば、
高い“位”が買えるのである。

例え悪どい商売で儲けた金であっても、
仏教界は高い“位”を用意してくれる。

まさに、「地獄の沙汰も金次第」。

こんなことは、許されるべきではない。

仏の世界の平等は、“戒名ビジネス”によって、
いとも簡単に崩壊したのである。

そんな不透明な世界に疑問を持つ僧侶も現れ始めている。

お布施があまりにも高額なことに異を唱え、
安く授ける“サービス”を始めた僧侶もいる。

曖昧な金額のお布施を定額制にした葬儀社もある。

多くの関係者が、新しい道を切り拓こうとしている。

それでもまだ、戒名には“位”が残っている。
この根本を改めなければ、
仏教そのものが廃れてしまうのではないか。

   




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posted by 佐藤きよあき at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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