2017年07月31日

“自身を演じる”、インスタの闇!?


いま、店の集客は容易である。

“インスタ映え”する店舗・商品を作れば、
女性たちが写真を撮りに来てくれる。

「質」は二の次。
写真写りが良いかどうかで判断される。

「可愛い」「お洒落」が、すべての基本。

自身のインスタにどれだけ注目が集まるかに、
心血を注いでいる。

“自身の見られ方”を追求しているのである。

自己研鑽して目立ちたい、ということではなく、
上っ面だけで良いので、お洒落に見られたいのである。

ネットだけで繋がっている彼女たちは、
実際に会うことも少ないので、
真実の姿などどうでも良いのである。

すべてが虚構だとしても、
ネットの世界では、それが自分自身。

まるで女優のように、自身を演じているのである。

演じている自分も真実の姿だと思い込んでいる。
いや、思い込もうとしている。

その役を演じきるために彼女たちは、
毎日のように出掛けて行くのである。

だが、中には暴走している女性も少なからず存在する。

見ためが可愛いジェラートがあると知ると、
すぐさま店に行き、写真をパシャ。

少しだけ食べて、残りは捨ててしまうのである。

可愛くて美味しいジェラートを食べたいのではなく、
写真を撮りたいだけ。

人としてのモラルは、どこに行ったのか。

また、昔ながらのレコード店に行き、
「可愛いレコードジャケットを探しているところ」
というキャプションをつけるためだけに写真を撮り、
すぐに店を出て行く女性もいるという。

写真のために店を利用するだけで、
興味すらないのである。

まったくの嘘で固めた世界を作り上げているのである。

何のために? 誰のために?
それで満足感が得られるのか?

こんな人たちを見ていると、
バブル期に浮かれていた人たちが、可愛く思えてくる。

高級フレンチでワインを語り、
高級ホテルでルームサービスを頼む。
リムジンで彼女のお迎えに行く。

馬鹿げているが、実際に体験したことは、
貴重な経験として残こる。

興味もなく、熱中しているわけでもない、
嘘の情報を垂れ流すことに、
人生の貴重な時間を費やすのは愚かである。

精神に異常をきたしていると言うのは、
言い過ぎだろうか。





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2017年07月03日

なぜ、1個1万円の「四角スイカ」が売れるのか?


香川県善通寺市特産の「四角スイカ」の出荷が始まった。
1辺18センチの真四角なスイカである。

45年前に地元の農家で誕生し、
いまでは7軒の農家で栽培されている。

卸価格で1個1万円以上の値がつき、
京阪神や関東の百貨店、カナダ・ロシアへも出荷される。

なぜ、四角いスイカが作られるようになったのか。

事の発端は、スイカが売れなくなってきたこと。

アイスクリームやキャンデーに押されたこともあるが、
スイカの形状に問題があると考えたのがキッカケである。

核家族化が進んだことから、
スイカの大きさや形が敬遠されるようになったのである。

大き過ぎる上、丸いので、持ち運びしづらく、
冷蔵庫にも入れにくい。

この形を何とかすれば、
スイカはまだまだ売れるのではないかと考えたのである。

そこで試行錯誤の結果、
強化プラスチックに入れて育てることで、
18センチの四角いスイカを作ることに成功した。

だが、当初大きな話題にはなったものの、
その希少性ゆえに価格が上昇し、
一般人が買うことのできるものではなくなった。

形状の面白さが注目されやすいことから、
ディスプレイ用としての取り引きが
主体となっていったのである。

百貨店やフルーツショップの店頭にあれば、
集客効果は充分に期待できる。

売れなくても、販促費として元は取れるのである。

それほどインパクトのある「四角スイカ」の話題は、
ネット時代のいま、当然海外にも伝わり、
欲しがる店や個人が増えている。

いまでは、7軒で7月中旬までに生産する
約420個のうち、百数十個は
カナダやロシアに輸出されている。

ディスプレイ用として売れるようになったため、
スイカは熟す前に収穫し、
3ヵ月鑑賞できるようになっている。

つまり、食べても美味しくないのである。

それでも毎年売れ続け、
海外では数倍から10倍もの価格がついているという。

プレゼント用、あるいはジョークで買う個人もいる。

明らかに富裕層なのだが、高い金を払う価値があるほど、
面白いスイカだと思っている。

日本では、ただの「巷の面白ニュース」だが、
海外に渡ると、高額取り引きされるほどの
衝撃ニュースなのかもしれない。

本来の目的からは大きく逸れてしまったが、
夏の風物詩として定着する可能性はある。





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2017年06月13日

庶民の夢を叶える飲食店は繁盛する!?



話題となった店に行列ができる。

そんな光景もいまや単なるグルメブームではなく、
日常的なものとして消費者に受け入れられている。

美味しいものを食べるという行為は、
大多数の人の趣味であり、生活の一部でもある。

テレビやネットに流れる情報を敏感に察知し、
次から次へと新しい店を渡り歩いている。

客が渡り歩くということは、
固定客を掴み損ねた店も、当然多く存在することになる。

いまはグルメブームではないと言ったものの、
店によってはブームで終わってしまうことも多い。

開店から閉店まで数ヶ月ということも珍しくはない。

そんな厳しい飲食業界にあって、
繁盛し続けている店もたくさんある。

客を飽きさせず、満足させ続けているのである。

なぜ、客は離れていかないのか。

そこには、ある共通項が存在する。

現代人は日常的な食事には困らないものの、
不況の続く社会情勢下では、あまり贅沢はできない。

安い食材を求めて、
日々慎ましやかな食生活を送っている。

だが、時には外食もしたい。
家では再現できない味や食べ方を試したい。

ちょっとした贅沢をすることで、
息抜きがしたいのである。

テレビやネットで接する料理に刺激され、
憧れを抱くこともある。

高級フレンチであったり、料亭だったり。
高級焼き肉やステーキ。

その映像の中には、庶民が手を出せないものも多い。

すると、それは夢として心に刻まれる。

そんな庶民の夢を叶えてくれる店が出現し始めている。

庶民がこれまで口にすることのできなかった料理を
低価格で提供するという、
明確なテーマを持った店である。

庶民の“こんなものを食べたい!”
という夢を叶えてくれる。

たとえば、
「大きなステーキを口いっぱいに頬張りたい」
という夢を叶えるのは、『いきなり!ステーキ』。

「フランス料理を食べてみたい」という夢を叶えるのは、
『俺のフレンチ』。

「美味しい寿司を腹いっぱい食べたい」は、
『スシロー』。

「イタリアンの珍しい食材を体験してみたい」は、
『サイゼリア』。

「いろんなスイーツをちょっとずつ食べたい」は、
『スイーツパラダイス』。

「金を気にせず、いろんな部位の焼きとりを食べたい」
は、『鳥貴族』。

これらのように、庶民の小さな夢を叶えてくれる店は、
繁盛し続けている。

学生街の大盛り食堂が、貧乏学生に愛されているように、
ちょっと贅沢な料理を安く提供する店は、
国民の大多数である庶民から慕われるのである。





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2017年06月07日

コンビニ各社がシニア店員の採用を積極的に行う、もっともな理由。


いまコンビニ各社は、
店員へのシニア層の採用を積極的に行っている。

政府が訴えている「高齢者の雇用促進」ではなく、
シニア層の“能力”を買っての採用である。

セブン‐イレブンは、年齢無制限で、
労働日数・労働時間も相談に応じている。

なぜ、そこまでしてシニア層を採用するのか。

それは、「コンビニが社会で果たす役割」にある。

言い換えれば、
社会から求められていることに応えるためには、
シニア層の力が必要なのである。

シニア層は社会経験が長く、
常識や人との接し方を知っている。

SNSで暴走するような若い店員のようなことはしない。

学生やフリーターと比べると、
勤務態度が良く、遅刻や欠勤も少ない。

世代的に真面目な人が多いので、
自分の与えられた仕事・役割をきちんと理解している。

それが、若い店員にも良い影響を与えているという。

だが、これらはシニア層の“素質”であって、
“能力”ではない。

コンビニが期待する能力は、もっと他にある。

コンビニではいま、高齢者の利用が増えている。

遠くのスーパーより、近くのコンビニ。

店の規模や利用できるサービスが、
高齢者にとって非常に便利なのである。

スーパーは大きくて疲れるが、コンビニは小さい。

すぐに食べられる弁当や惣菜、
小さくカットされた野菜が売られている。

荷物を送ることも公共料金を支払うこともできる。

そんな便利さに気づいた高齢者が、
日常的に利用するようになったのである。

こうなると、高齢者にとってコンビニは、
生活に不可欠な存在となってくる。

コンビニとしても、望まれているのなら、
それに応えなければならない。

そこで始まった取り組みが、
ひとり暮らし高齢者への買い物支援や
弁当の配達、移動販売などである。

この取り組みに必要なのが、シニア店員なのである。

若い店員でも良いのだが、
高齢の客とのコミュニケーションが難しい。

シニア店員なら、
同年代や年配者の気持ちを理解しやすい。

また、地元の人間なら、地域の実情にも詳しいので、
客とのコミュニケーションが取りやすい。

人と人との繋がりを作りやすいので、
地域密着型の店舗として、客にも愛される。

今後、コンビニに求められるのは、
「地域のインフラを担うこと」である。

地域の中心的存在となって、地域社会を守っていく。

その“機動力”となるのが、シニア店員なのである。

posted by 佐藤きよあき at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月27日

日本全国、B級オン・ザ・ライスが熱い!根室『エスカロップ』から長崎『トルコライス』まで。


全国各地に、不思議な魅力を持った
“オン・ザ・ライス”メニューが存在する。

地元の人びとが愛してやまない、
ワンプレート料理である。

“オン・ザ・ライス”、すなわち、
ご飯の上におかずをのせてしまう。

丼物もそうだが、ここで紹介するメニューは、
すべてが1つの皿にのっている。


まずは、北海道根室市の『エスカロップ』。

ケチャップライスもしくはバターライスの上に、
ポークカツレツをのせて、
ドミグラスソースをかけたもの。

ケチャップの方を「赤エスカ」、
バターライスの方を「白エスカ」と呼ぶ。

名前の由来は諸説があるが、
一般的にはフランス語の
「エスカロープ(escalope・肉の薄切り)」
とされる。

同じく、北海道根室市の『オリエンタルライス』。

ドライカレー風のご飯に、
焼いた牛サガリ肉(横隔膜の一部)をのせ、
ステーキソースをかけたもの。

名前の由来は定かではなく、
同様の料理が各地に存在する。

石川県金沢市の『ハントンライス』。

ケチャップで味つけしたバターライスの上に、
半熟薄焼き玉子、白身魚のフライをのせ、
タルタルソースをかけたもの。

白身魚はエビフライの場合もあり、
ソースにもバリエーションがある。

名前の由来は、「ハンガリーの“ハン”と
フランス語でマグロを意味する
“トン”を合わせた造語である」
と言われているが、ちょっと納得し難い。

福井県越前市の『ボルガライス』。

オムライスの上に豚カツをのせ、
各店独自のソースをかけたもの。

名前の由来は、イタリアのボルガーナ村で
食べられていた料理に似ているという説をはじめ、
さまざまあり、定かではない。

兵庫県加古川市の『かつめし』。

ご飯の上にビフカツもしくは豚カツをのせ、
ドミグラスソースをかけたもので、
ゆでたキャベツが添えられる。
名前の由来は、説明不要。

佐賀県佐賀市の『シシリアンライス』。

ご飯の上に、甘辛いタレで炒めた薄切り牛肉をのせ、
レタス、トマト、キュウリなどの生野菜を盛りつけ、
上からマヨネーズをかけたもの。

名前の由来は、佐賀の隣の長崎に「トルコライス」
という料理があるのだが、
それに対抗するために名づけられたという説がある。

「トルコ」の隣には「シリア」があり、
長崎と佐賀が隣であることから、
長崎のトルコライスに対抗して、
隣のシリアから命名したのではないか、とされる。

長崎県長崎市の『トルコライス』。

ピラフの上に、ドミグラスソースのかかった豚カツと
パスタ(ナポリタン)をのせたもの。

名前の由来は、トルコ料理に似たものがあるという説や
ピラフ・豚カツ・ナポリタンの3種類を、
3色のトリコロールカラーに重ね合わせた
という説などがある。


私が調べたのはこれくらいだが、
どれもこれも旨そうである。
じっくり、ガッツリと味わってみたいものだ。

ご飯におかずをのせたものは、
なぜか人びとを魅了するようだ。

では、なぜこうした“オン・ザ・ライス”メニューが、
ご当地B級グルメとして、
地元の人びとに愛されているのか。

その理由は、まず丼物との違いを考えればわかる。

丼物は、狭い空間に押し込められ、
“小さな世界”をカタチづくっている。

食べる時も丼の領空内で収まるように、
注意しながら食べなければならない。

その点、皿にのった
“オン・ザ・ライス”の領空はかなり広い。

ポロッと落としても、気遣いがいらない。
のびのびと食べることができる。
気を遣わない分、食べることに集中できる。

“集中”という点では、
丼物もガツガツと集中できるのだが、
“小さな世界”に浸っているせいか、
一所懸命過ぎて、味を楽しむ余裕がない。
とにかくすばやく口に放り込む。

“オン・ザ・ライス”は、皿の風景を眺めながら、
次はどこから食べようかと、迷う楽しみがある。

美味しさを一気に流し込むか、
ひとつひとつの具材の味を噛み締めながら、
ゆったりと味わうか、の違いがある。

あくまで私の主観なのだが、これが
丼物と“オン・ザ・ライス”の違いだと考えている。

どちらが良いとか悪いとかではない。
まったく好みの問題である。


で、どちらがB級グルメとして、
“らしさ”を持っているか。

丼物は、高度成長期の流れで、ササッと掻き込み、
すばやく食べられることが前提で
生まれたのではないだろうか。

忙しい日常の中で、食べることに
時間を割いていられない人が食べるものなのである。

つまり、現代社会においては、
都会的な食べ物なのである。

“オン・ザ・ライス”は、皿にのっているので、
必然的に急いで食べることができない。

フォーク、ナイフ、スプーンなどを使うため、
掻き込むこともできない。

つまり、時間に余裕のある人でないと食べられない。

ゆったりと時間の流れる地方向きだといえる。
なので、地方に“オン・ザ・ライス”メニューが
多いのではないか。

日常の食事をゆっくりと楽しみたいと願い、
またそれが比較的許される地方に、
“オン・ザ・ライス”が生まれたように思う。

都会の飲食店にも同様のメニューはあるだろうが、
地域全体に広がり、
“B級グルメ”として認知されているものは少ない。

まだまだ全国各地に“オン・ザ・ライス”はあるだろう。

地元で愛されるご当地B級グルメを
もっともっと掘り起こしてみたい。

posted by 佐藤きよあき at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする